複合機やプリンターの操作パネルには、その機能を言葉で示さなくともボタンの意味が分かりやすいようにアイコンが並んでいます。PCやスマホのアプリなども最近はシンプルに洗練された印象になってきています。他にも街や公共施設を見渡すと、トイレや非常口、車椅子のマーク等々、これらは日常生活で何気なく溶け込んでおり、一目で「何を表現しているのか」を識別できるマークであることはご存じと思います。筆者は通勤にJR東京駅を使用しておりますが、去年より京葉線までの通路にTOKYO2020、東京オリンピック・パラリンピックの各種競技マークが掲載されている様子を見てきました。これらも「何の競技を表現しているのか」がパッと見て分かります。
このようなマークのことをピクトグラムと言います。実はこのピクトグラムの誕生のきっかけは1964年の東京オリンピックだったのはご存じでしたでしょうか? 先日開催された東京オリンピックの開会式では、パントマイム・アーティスト“が〜まるちょば”のHIRO-PONさんが、ピクトグラムに扮したパントマイム演出で世界中に面白おかしく紹介されて盛り上がっていましたね。今回は事務機器ねっとならではの視点で解説いたします。
<目次>
・ピクトグラムとアイコンの共通点と違い
・ピクトグラムの誕生まで
・オリンピック当時のピクトグラム秘話
・どんなところにピクトグラム?
・バリアフリーとしても採用
・UIとUXをよりユーザーに感じてもらえるように
ピクトグラムとアイコンの共通点と違い
冒頭でお話しした通り、「アイコン」と「ピクトグラム」、こちらの二つは厳密には少し違います。
ピクトグラム
ピクトグラムとは、一般に「絵文字」「絵単語」などと呼ばれています。何かの情報、案内、注意を促す記号のような視覚記号のデザインの一つです。一般的に下地と図に明度差のある2色を用いて、表したい概念を単純な図として表現する技法が用いられています。
アイコン
物を簡単な図柄や記号化して表現しているものです。機能を略したものや操作を分かりやすく図柄で表しています。PCやスマホなどで、機能に合わせてボタンのように表示されています。色は2色とは限らず、カラフルなものも多くあります。
ピクトグラムとアイコンの共通点は、文章はなく視覚的な図柄で表現するものということ。そして大きな違いは、ピクトグラムは公共的な空間・建物などで、人種や年齢に分け隔てなく、誰が見ても分かりやすい図柄で統一されたデザインであり、アイコンは屋外・屋内で見かけるものではなく、PCやスマホなどの画面でアプリなどの機能を表すマークだということです。
ピクトグラムの誕生まで
1964年の東京五輪はアジアで初めてのオリンピックです。この大会は戦後の日本の一大プロジェクト。日本の復興と経済成長を国内外に広く示すための大会でもありました。デザインの分野の方も、もちろん多くの才能が集められ、シンボルとなるマークやポスター、表彰状などが作成されました。
しかしここで、言語の壁が立ちはだかります。国際オリンピック委員会(IOC)からはフランス語と英語の2つを公用語として表記と伝えられました。日本語の優先順位は3番目。当時の日本は英語の会話力も危うく、ましてや庶民にフランス語は馴染みもなく、全く通じない時代でした。しかし競技と必要最小限の施設は識別できるように表示しなければいけませんでした。
また、競技のシンボルは前年までに完成されていたようですが、食堂やトイレ、バス停などという施設に関してのシンボルは頭に思いつかなかったようなのです。このままの状態で大会を開催してしまうと、選手の移動に支障を来し混乱が生じてしまう…そこで美術評論家の勝見勝氏が、日本伝統の家紋からインスピレーションを得て、紋章のようなものを作成しました。オリンピック・スポーツピクトグラムの誕生です。
オリンピック当時のピクトグラム秘話
オリンピックに使用されるピクトグラムの作成は、五輪開催まで半年を切った段階で始められました。あと半年で国に関わる仕事にゼロから携わるなんて鳥肌ものですよね。美術評論家の勝見勝氏が若手デザイナーを11人集め、当時「施設シンボル」と呼ばれていたピクトグラムの制作が始められました。ちなみに、現在開催しているオリンピックでよく見かけるピクトグラムは、スポーツピクトグラムと言います。
制作期間はわずか3ヶ月。かなりギリギリの制作期間の中、一番苦労したピクトグラムはトイレだそうです。「漢字も英語も分からない、アフリカの人やどこの人が見ても分かるようにする」このような、勝見勝氏の指示の元、試行錯誤が重ねられました。初期は犬のプードルが用を足している図柄などもアイデアとして出されましたが、最終的に「ズボンを履いた人・スカートを履いた人のシルエット」が選択され、トイレのピクトグラムは作成されました。このトイレのピクトグラムは勝見勝氏の「社会に還元すべき」という考えの下、デザインの著作権放棄がされ、現在も世界各地にピクトグラムが使用されています。
どんなところにピクトグラム?
オリンピック・パラリンピック競技のピクトグラムはもちろんですが、前述のような公共トイレや非常口のマークなどにピクトグラムは使用されています。この他にも使用されている場面をご紹介いたします。
バリアフリーとしても採用
案内用図記号(JIS Z8210)
上記の通り、令和元年7月20日に日本産業規格として案内用図記号(ピクトグラム)は認められました。
『不特定多数の人々が利用する公共交通機関や公共施設、観光施設等において、文字・言語によらず対象物、概念または状態に関する情報を提供しています。視力の低下した高齢者や障害のある方、外国人観光客等も理解が容易な情報提供手法として、日本を含め世界中の公共交通機関、観光施設等で広く掲示されています。(引用:国土交通省、バリアフリー・ユニバーサルデザイン、交通消費者行政・公共交通事故被害者支援)』
引用の文言の通り、まさにオリンピック・パラリンピックに最適なピクトグラム。しかし、オリンピックのエンブレムやマスコットは国際オリンピック委員会、国際パラリンピック委員会の承認を得れば良いですが、ピクトグラムは各国際競技団体の許可も必要なのです。よって、「こんな競技ポーズはありえない!」と注意されることがしばしば…常にデザインする制作陣にとっては難しい作業なのです。
<日常的に見られるピクトグラム>
UIとUXをよりユーザーに感じてもらえるように
ピクトグラムは文字に比べて素早く直感的に理解することができます。ユーザーのストレスを減らし、スムーズに機能やコンテンツを利用する助けとなります。また、色や形が統一されたピクトグラムを使用することでUI(ユーザーインターフェイス)※に一貫性・統一性を与えることも可能です。
富士フイルムのApeosシリーズの操作パネルのUIが新ブランドに伴い一新され、アイコンがより見やすくなりました。こちらはピクトグラムではなくアイコンですが、文章ではなく視覚的な図柄で表現されることで、UX(ユーザーエクスペリエンス)※と呼ばれる操作感が向上し、使いやすさを感じることができました。また、ピクトグラムは言語による制約がないので、海外向けのサービスを作る際にも役立ちます。言語以外にも、性別、年齢、地域などのユーザーの性質に関係なく、同じ機能を提供することができます。説明文を足したり、翻訳などの英語対応をする手間が省け、デザイン作成の効率が上がるでしょう。
※UI(ユーザーインターフェイス)…人とモノ(デバイス)と繋ぐ窓口のようなもの。複合機やプリンター、PCやスマホ、タブレットで見ているとき、画面上で見られる情報(フォントやデザイン等)すべてがUIにあたります。※UX(ユーザーエクスペリエンス)…人がモノ(デバイス)やサービスに触れて得られる体験や経験のことです。デザインが美しいと感じたり、フォントが読みやすいと感じる。このようにユーザーが感じること全てがUXとなるのです。
このように現在ではインターネットの中で大活躍しているピクトグラム。元々1964年の東京オリンピックの際に作られたものという事実に驚きでした。人々が使用する家電やスマホ、OA機器なども変化します。そのような時代の変化に伴い、ピクトグラムも変わっていき、そのような変化も楽しめます。また、映画といえば映写機、電話といえば黒電話のように、実際令和の時代に使用したことが無いにも関わらず、一目で識別できるピクトグラムがあるという事実が面白いですよね。
では、最後にピクトグラム問題を出題します。こちらの問題のピクトグラムは全て案内用図記号(JIS Z8210)に登録されているものになります。皆さんは全問分かりますでしょうか?